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東北の空に吹く風 6
旅行期間がたったの一泊ならば、その2日目の旅程は帰路を意識して仙台周辺を観光するだろうと思います。
そう。一般のツアーなら、ね!
だから、2日目に、仙台から県境またいで岩手県の平泉まで行っちゃうなんて、しかもまた仙台空港まで戻ってくるという洒落にならない弾丸ツアーを組んだ我が一向は、普通じゃなかったんだよな、やっぱり・・・。
旅行プラン担当曰く「泣かされました」

確かに移動がハードで大変でした。
しかし、こういう機会でもなければ、平泉まで行くことはこの先当分はなかったでしょうから、私としては金色堂を見ることができただけでも良かったです。
片道2時間なんて、軽いよ軽い!!(笑)
中尊寺
中尊寺金色堂。
国宝第一号であり、今年世界遺産にも登録されたおかげで、今一番注目を集めている場所ではないでしょうか。
おかげで、割合早い時間に現地に着いたというのに、なんと駐車場がいっぱい!!
去年訪れた人に聞きましたら、平日というのを差し引いても、閑散としていたようなのですが、全く信じられませんね。いやはや金色堂前は押すな押すなの状態ですよ。
恐るべし世界遺産のネームバリュー。

残念ながら、金色堂が安置されている場所は撮影禁止です。
ですが、その細工は精密精巧で、まるで芸術の粋を集めたようです。
当時の都が京都でしたから、東北は都から遙か離れた北の地。きっと都人からは外国のように離れた土地の思えたに違いありません。その場所で、現代人があっと驚くような、現代の技術をもってしても造ることができるかわからないような、そして世界遺産にまでなるような、そんな芸術作品が生まれたのです。
奥州藤原氏の素晴らしい感性が忍ばれますね。
北上川遠景
中尊寺は、山がそのまま寺になっている場所です。参道は思いっ切りアップダウンがありますので、訪れるご予定のある方は、是非はき慣れた歩きやすい靴でどうぞ。
また、お時間が許す方は、中尊寺境内の観光ガイドさんについていただいて、説明をお聞きになると良いですよ。
私たちについて下さったガイドさんは年配の方ながら、ベテランガイドらしい説明がとても面白くて、歴史の勉強にもなりました。
よくぞそこまで覚えることができたと脱帽。またその健脚振りにも脱帽。いやもう、着いてかれへんっちゅーねん。

そして、山寺の上から見た景色には、心洗われるようです。
遠くに北上川の流れが垣間見えます。
義経一向もこうやって眺めていたのかしらね・・・そんなことをロマンチックに思いながら旅をしたかったのですが、そりゃもう飛行機の時間が決まっているので、とっとと旅程を進めにゃならん。
私たちはそそくさと駐車場へと戻らざるを得ませんでした。

ああ現代人って、あじけなーい!
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東北の空に吹く風 5
仙台の奥座敷と言われる秋保温泉。
怒濤のツアーが暫し休息させていただいた場所です。
実は、今回宿泊させていただくまで、「あきほ」と読み違えておりました(--;)。
まさか「秋保」と書いて「あきう」と読ませるとは思いませんでして、地名とは難しいもんですねぇ。

名取川の上流に位置する秋保温泉。
伊達家とも縁の深い名湯ですから、歴女の方も温泉好きな方もご満足いただけますよ。
何しろ泉質が上質!今だに肌がつるりんとしておりまして、はるばる遠くまで出掛けた甲斐がありました♪
旅館の温泉を全部制覇することは滅多にしないのですが、この私が旅館3箇所のお湯を全て体験するほどですので
余程気に入ったと思っていただければ。
そして、東北とは米処!米が美味しい水も美味しいで、お酒がこれまたとびきり美味しい!!
一汗流した宴会では、お料理と一緒に日本酒を堪能させていただきました。

その舌鼓を打たせていただいた銘酒 「浦霞 禅」

実はこの時点で、すでにお土産が重くなりつつあった私。
お酒ならば関西でも見つけられると思ったので、買って帰るのをやめたのですけど、うーん・・・やっぱり宅急便で送った方が良かったかも?とかなり反省中です。
で、なぜ私の前に酒瓶並べるのか。
まだ馬脚を現していないと思うのですが、酒飲みには酒飲みの匂いが分かるんでしょうかね?

で、すみません。旅館の写真がありません!
酔っ払い集合の宴会場で、何かがあったらいやでしたし。どうせ撮る余裕もなかろうと思ったので、宴会場に持参しないでいたんです。ですから、さらりと流しております。

写真としては、翌朝の朝食のものを。
朝ご飯が美味しくて美味しくて!
和食バイキングでした。地産地消に拘った食材で、これまた堪能させていただきました。
よく東北の味付けは塩辛いとお聞きします。
なので、薄味系の関西人は特に濃く感じるのかな~と思ったのですが、牛タンの利久でもこちらの旅館でも、特別塩辛く感じることがなく、私にはとても美味しいものでした。
もっともこの厚焼き卵は、やや砂糖が勝っている感じでしたが、ごま油の香りとともに徐々に口に馴染んで、これはこれで美味しくなってくるんですね。目の前で焼いて下さるライブ感も食欲をそそります♪
野菜類は言わずもがなです。多分近所の契約農家のものなんでしょうね。
トマトもキュウリも懐かしいもぎたての味がして、全員が口を揃えて美味しい美味しいを連発していたんですよ。
お米は秋保米。ちなみに梅干しは紀州南高梅(笑)でした。
意外なところで地域文化がランデブーです(笑)
東北の空に吹く風 4
松島の付近は、牡蛎やわかめの養殖がとても盛んなところです。
あの地震がなければ、島影とたくさんの養殖のいかだとかもめと・・・三陸の穏やかな海を満喫できたかと思うのですが、あの津波で養殖いかだは全滅し、島の形状も変わりました。
それは辛いことではありますが、人間はたくましいです。この先は小島の伝説が増えるでしょうし、いかだたちもまた数をどんどん増やしていくだろうと思われます。
養殖いかだ、復活!!
この牡蛎やわかめたちを堪能できるまでには、まだ数年かかるかと思うのですが、その頃にはきっと今よりももっと笑顔が増えていると思います。

そうそう!!東北名物は海産物だけじゃない!!
牛タンもまた美味しいところです♪
私たちが昼食で立ち寄ったお店は「利久」という牛タン店。こちらは、とても有名なお店のようですね。
私たちが立ち寄った際も大勢の方が詰めかけていて、その方々を尻目に団体で入らせていただくことがとても申し訳なかったのですが・・・(^^;)。
牛タンの炭火焼き、タンシチュー、テールスープとお店の看板商品が全部盛り込まれた定食に舌鼓を打たせていただきました。
牛タンの分厚さなんて、関西で見るものと全く違う!!タンシチューにも牛タンが惜しみなく。
またテールスープも本当に美味しくて、量的にも食べ応え満点!!
一瞬「食べ切れるかな」と思ったんですが、杞憂でした・・・(笑)
牛タン三昧
余談ですが、帰りの空港の売店で、このお店の牛タンとテールスープのお土産を見つけまして、ツアーのほぼ全員が買って帰っていたんじゃないかな。
私も漏れなく旦那へのお土産にしまして、「自分だけエエもん食べて」を贖罪しました(笑)
東北の空に吹く風 3
風評被害による観光客激減--これは、神戸でもかつて経験したことでした。

震災後、街中の復興がなんとか軌道に乗ってきたけれども、震災イメージによって観光に大打撃が出る。
しかし、これはまあある程度は仕方のないことです。いくらイベントやキャラバンで観光誘致したとしても、依然余震は続いていましたし、観光客側もまた被災地への遠慮というものがありますよね。
とりあえず「大丈夫」と口ではいくらでも言えます。
でも「本当に大丈夫?」と問われれば、確かに復興に立ち後れている箇所もありますから、全てにおいて太鼓判を押すことはできません。
観光側はどうしてもマイナス思考。その立ち後れた場所をも含めて、訪問を遠慮してしまいがちなのです。

それを逆転させるには、被災地の観光局による広報よりも、むしろ何らかの機会で神戸に訪れた方が、その地元に「神戸は大丈夫だったよ」と印象を持ち帰ってもらうより他ないのではないかと思います。
何事も百聞は一見にしかず・・・ですからね。

ですから、私が現地の見たままの印象をここに語ることは、実は良くないのかも知れないのですが、現地にしてみれば、観光などの人の行き来を発生させることは、復興の上でも欠かせないことです。
ですから、観光客側も、訪れる際には、現地の復興を一緒に喜ぶ一方で、観光にはまだ時間のかかる場所もまだまだあるのだということを意識して臨めば良いのではないかと思うんですね。
そういう状態は、神戸でも実際にありましたからね。

実際、今回訪れた宮城県の松島、岩手の中尊寺などは震災に関わらず、力強く観光をアピールしています。
逆に観光客が減って、観光客を受け入れる余地があるのに辛い思いをされている。
是非是非機会がありましたら、関西から続々訪れて欲しいものだと思います。
松島のシンボル
さて、我が一向は何も被災地だけを回っていたわけではなく、東北の良いところも十分堪能させていただきました。
日本は地震国で災害国でもあるのですが、自然は苦しみだけを与えているわけではない。
風景であり、海産物であり、良質の水であり、温泉であり・・・東北の恵みは、実は災害と表裏一体なんですね。

日本三景の一つ、松島を訪れることができました。
こちらは周知の通り、美しい海と点在する島が織りなす風光明媚な景勝地です。
今見る限りでは、のどかな海が広がるばかり。とてもそんな大津波が襲ったとは思えないです。
が、観光船のスタッフさんに言わせると「津波で島の地形が変わってしまった」とのこと。
この島々が防波堤となり、松島の被害は軽微で済んだそうで、沿岸のお店や宿などは見たところ、通常通りの営業している印象でした。
いやもぅそこいら中炭火焼きのエエ匂いが漂っていて、そらもうふらふらと・・・(笑)
飛びます飛びます
ここの呼び物は、やはりなんと言っても松島の島々を遊覧する船でしょう。
これから行かれる方は、是非かっぱえびせんを持ち込みされることをお勧めします(船内でも買えます)。
それをひとつかみ持って、甲板に出ましょう!
速攻かもめやうみねこたちと友達?になれるはずです。
エサくれぇぇぇ!!
船の移動スピードに合わせて飛ぶだけでなく、器用に手の中のかっぱえびせんだけを取っていくのです。
まれに指まで囓られる者がいますが、なぜか「お前のエサのやり方が悪い!」と、当のかもめでなく人間の方が失笑されるという・・・(笑)
やはり船の被害は相当あったようですが、それでもGW頃には運航再開でき、それは全国ニュースでも流れたかと思います。ただ、客足は以前ほどには戻らず、従ってこのカモメたちもエサにありつけずにとっても寂しい(ひもじい)思いをしているようです。
是非是非この子たちに会いに足を運んであげて下さいね!

大歓迎されると思います・・・こんな風に・・・。
怖・・・
東北の空に吹く風 2
私共のツアーがお邪魔した先は、仙台に隣接した工業地帯の多賀城市。
わざわざ市の防災課の方々がアテンドして下さった震災復興プログラムは、まだまだ手探りではありますが、資料も説明も全て手作りです。
この経験は絶対に風化させないという決意の下、色々と模索した中での広報プログラムは、当時の市内を撮影したDVDや写真なども使った説明と、実際にその中に登場した場所の見学という内容でした。

しかし、市内の至る所、まだまだ津波の跡がひどく残ります。
大幅に冠水した道路こそ元に戻ってはいるけれども、賑わった繁華街の店舗は、全壊した建物を取り壊すことすら出来ない状態。復旧させたくとも資材不足や職人不足で、どうしようにもない有様。
溜息をついて小脇の小さな川に目を逸らすと、いかにも普通に民家が建っているように見えるのですが、実はその場所が橋桁の上。
あり得ない場所に土台ごと流された家を撤去させるには、500万もの高額なお金を必要とし、そうしたくともできずにそのままになっているとか。
ライフラインが完全に復旧しない交差点では警官が手信号で車を誘導し、かつては家族連れで賑わった郊外のスーパーは、やっと2階で仮営業。
あれほどの津波を考えれば、5ヶ月あまりでよくぞここまで復旧復興させたと思うべきなのでしょう。
しかし、片付けることすら出来ない状態での復興はあり得ない。辛い現実は確かにありました。
市の防災担当の方は言いました。
「あの地震の揺れだけを見れば、そう大きなものではなかった(多賀城は震度5強だったそう)。壊れたものを片付ければ済んだことです。ですが、その後に襲った津波の被害が甚大だったのだ」と。
林間に一輪気高く咲く
沿岸部の工業地帯は、埋め立て地特有の、起伏のない地形です。
震災当時は平日の昼下がりで、まだ大勢の方が工場に勤務しておられた時間帯でしたが、ほとんどが地震の後に高い場所、例えばビルやマンションの高層へと避難し、何とか難を逃れたようです。
つまりは、現地の皆さんは、地震と津波をセットにして考えておられた。日頃そうやって避難訓練を受けておられたからこそ、非常時にそれが生かせたとも言える。
いつくるやも分からない災害です。それにいかに真摯に取り組んだか。
経験をそのままにしておかず、後生に伝えることは、このことからも本当に大事なことなのです。
さて、神戸はいかがなものでしょう。あの時の経験を、草の根的に広く伝えようとしているだろうか?
”喉元過ぎれば熱さを忘れる”ではないですが、そろそろ気のゆるみが出てきてはいるのではないだろうか。
そう思いつつ過ごした現地視察でありました。
東北の空に吹く風 1
遅くなりましたが、8月20~21日は、職場の東北復興支援プランの一つとして仙台方面に一泊二日で参りました。
前日にかなり大きな余震などもあり、ちょっとどきどきしましたけれども、何事もなく無事行ってくることができました。
現地も先週までは猛烈な暑さだったそうですが、私たちが行く辺りでとても涼しくなり快適そのもの。
秋雨は降りましたが、丁度その止み間に外歩きすることができましたので、傘も差さずに済み、うちの集団の悪運の強さをまざまざと思い知りました(笑)
実は帰宅後、業務多忙過ぎて、まだ写真整理どころか、カメラからデータを吸い出すことすら出来ていない体たらく。
現地の写真をお披露目するのにはもう暫く時間が必要でして、その間は先日撮った植物園の花の写真と一緒に、現地の話を進めて参りたいと思います。
フシグロセンノウ
関西から東北へと移動する際は、最近はほとんど飛行機利用になるのではないかと思います。
私たちも同様に、まずは仙台空港へと降り立ち、東北の旅を開始しました。
しかし、仙台空港は海に面している空港です。
3月11日、津波に襲われ、滑走路が泥水に覆われる映像を目の当たりにしてショックを受けられた方は多かろうと思います。
私も現地の話は折々耳に挟みますために、少々覚悟をして降り立ったわけですが、実際はと言いますとその痕跡は全く見られず、逆にびっくり致しました。
いえ、痕跡が見られないというのは語弊がありますね。
津波が洗った痕跡はそこかしこにあるんです。やはりあちこち復旧作業中ですし、外観もまだ完全に元通りとは確かに言い難い。
しかし、当時1階が完全水没したと言われる空港ビルは、それが本当かどうかが分からないほどになっていましたし、まだレストラン等の再開が出来ないだけで、とにかく通常利用する分には全く問題がないほどに元通りになっていました。
これだけでも、人間の復旧に向けたパワー、何度も災害から立ち上がってきた日本人の対応力は(たとえ政治に問題があろうとも)、凄いものがあるのだと、仲間内で感心していましたね。
もっとも、復旧に向けるエネルギーは、やはり衣食住、そして物流といった、今の生活に必要な部分に集中して注がれていますから、空港周辺の広大な空き地は・・・そこは以前は田んぼだったところで、本来なら今頃は青々した稲が棚引いているはずだった場所なのですが、塩害を受けて立ち枯れた雑草が覆い、あちこちで車や船がひっくり返っている荒涼とした風景が広がっていました。
或いは、街中で溢れた瓦礫や廃車にせざるを得ない車の仮置き場として使われているか・・・。
この瓦礫の山が片付き、元の爽やかな水田になるには、まだまだ相当長い月日が必要なのだろうと思われました。
草むらの中の歌
風は東北に向けて吹く
急なことなのですが、実は今週末の土日で、東北・仙台に行くことになりました。
私の部署の、まあいえば社内旅行。
でも、上の意向もあって、単なる社内旅行ではなく、東北震災被災地の復興について考えるプログラムが組み込まれた旅行となるようです。
ということで、まず被災地へと足を向けて、職員の話だけでなく実際の現場も見学して・・・ということもあるようです。

被災者という観点でいえば、私もかつて阪神淡路大震災の被災者の範疇に入りますので、その辺の事情はうっすら察することはできます。
ただ、地震といってもその被害は毎回違います。
津波は私も未体験ですので、その被害の大きさを目の当たりにすると、恐らくは声を失うほどのショックを受けるのではないでしょうか。
地震については、テレビや本などでこれまでたくさん報道されています。しかし、いくら見聞きをしていても、実際の現場の語る力の方が段違いなので、その真ん中に立った時に、どれほどの地震だったかをやっと実感できるのだろうと思います。
時間よ止まれ・・・
その旅行に向けて、まず準備したものは靴。
私はもう動きやすさを考えて、スニーカーで行くつもりです。
震災から5ヶ月が過ぎようとしていますが、現地の道路事情は悪いと思った方が良いんでしょう。
地面がうねったり波打ったり、亀裂が入っていたり、仮設住宅が満足に建っていないのに、なぜ道路まで手が回るでしょう?
神戸の時でも、半年経ってもまだ道路は手つかずで、繁華街の道ですら波打っていましたからね。
ですから、履き物については注意しないとダメなんです。
現地の方に失礼にもなりますし、何より素足にサンダルだと歩けない、或いは何らかの破片が散らばっている可能性があるから危険にもなるんです。
ただそれも、阪神淡路震災を知っているから考えつくことのようで、私の周囲には、私が言うまで「サンダルはダメなの?」と言うような認識の温度差がありました。
2日目は観光なども入っているので、その辺に目を奪われているみたいで・・・。
私の周囲の女性陣にはサンダル・ヒール避けるよう注意をしたのですが、恐らくは現地に行って初めて、私の言うことがどういうことか、感じるのだろうと思います。
こういうことは、やはり実際体験した者でないと分からないのだと思いましたね。
だからこそ、語り部は必要なのだろうとも。
縁側
一応勉強はしておくべきだと、吉村昭氏の三陸海岸大津波を買ってきました。
三陸海岸大津波 (文春文庫)三陸海岸大津波 (文春文庫)
(2004/03/12)
吉村 昭

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私自身、3月の震災当初はやや精神不安に陥り、やっと落ち着いたところ。下手をしたらまたしてもその二の舞になるやも知れないのですが、それでも風はどうも私を東北へと運びたいようです。
その時は無に思える体験も、後から考えたら何らか意味があることの方が多い。となると、私にしか出来ないことがあるのかも知れません。
それなら、行くべきなのでしょう。
第4陣に分けられた旅行グループの、先陣切って第1陣として行くことにしました。

ちなみにカメラは、邪魔にならないように小型を持っていくつもりをしていますが、倫理上、被災地の撮影はしません。
あくまでも、観光地や旅館など、レンズを向けても差し支えない場所を撮りたい。
私は報道写真は撮りません。震災実態の情報発信は新聞雑誌に任せ、あくまでも東北の元気や美しさ、ほっとするような良いシーンを残せたらと思います。

それにしても、この旅行のプログラムはさすがに被災地訪問を含めるとあって、二転三転していたらしく、やっと詳細決まって連絡をもらえたのが、なんと旅行8日前!!行くのか行かないのかすら分からなかった状態で、参加者としても随分やきもきしました。
なぜか北海道行きばかりが続き、東北はずっとまたいでいたため、飛行機でひとっ飛びな場所にも関わらず東北初訪問となります。
少しどきどきしますが、行って良かったと思える旅にしたいと思っています。
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